日本人のこころの原点を求める

湯島天満宮 権禰宜 小野 善一郎

福島県出身 昭和29年生まれ
昭和52年 22歳のときから政治家を目指し代議士秘書となる
昭和63年6月 33歳のときに突然倒れる
それまでラグビーなどで体を鍛え、体力には自信があった。
10年間、必死で休みなく働いてきた。
1週間まえくらいから予兆はあった。
まっすぐに歩けなかったり階段が下れなくなったりした。
それは長年の経験から「気合が足りない」と、見過ごしてきた。
しかし、「爆弾が落ちるように」病に襲われる。
100%死ぬと思った。
生まれてからこれまでの33年間のことが、それも良いことだけが次から次に
頭に浮かんでくる。そして美しい花々に囲まれたヴァージンロードのような道を
もう少しでとおり抜けるという寸前に
「小野さん!小野さん!」と呼ばれて戻ってきた。
そして一年病床に伏す。

湯島天満宮 権禰宜 小野 善一郎

それまで多少の勉強はしてきたが、死の不安の前にあって
政治では自分は救われない。
なにか「永遠なるもの」と一体となりたい。
そんな渇望がうまれる。
昭和天皇の崩御にふれる。
そこで知る、日本の皇室のこと。
三種の神器を継承することで、天照大神からつづく「命」がまた将来に続いてゆく。
「自分のもとめていたものはこれだ。」
と直感する。
全くだめな自分の心を救いたいと
平成2年4月 國學院大學 神道学科に入学
勉強をしなおし 
平成6年に卒業 湯島天満宮に奉職。
「心神」こころの中にすでに神様はいらっしゃる。
伊勢神宮では
御鏡の下に真の御柱を立てる。
根本の信仰は
自分の心の中に「柱」を立てること。
罪や穢れや妬みが怒りが芽生えたら、それらを「祓って祓って、祓う」

湯島天満宮 権禰宜 小野 善一郎

日本の「神」と「GOD」は違うもの。
天地(あめつち)は 「存在そのもの」
GODは絶対神 創造主。
日本では完全無欠の絶対神のことを「神」とは言っていない。
GODを神と翻訳してからわからなくなった。
「天地の命」が、ずっとまえから続いている。
神様はすでに体の中にある。
本来は 言葉に表せない。存在そのもの。
712年に古事記ができた
720年に日本書紀ができた。
日本書紀は大陸向け歴史書の要素が強く
古事記は国内向けだが、もとより難解。
字句の解釈を試みるのも大切だが、それにとらわれずに背後を読むもの。
天地は滅びず、はじめからあり、これからもある。
水には水の、山には山の、木には木の「神様」が宿るが
これは決して「偶像崇拝」するものではない。
自分の中にも「神様」がいるように、他者「人でも、生き物でも物体でも」何にでも
神はいるのであって、それをそのままに「ある」として
合わせてゆく。
11月23日の新嘗祭 は 「勤労感謝」ではない。
天皇陛下が天照大神さまと一緒にお食事をなさる
また先祖の御霊とひとつになって、命の続くことをお祀りする。
「ふーっ」と息を祓うと「大元の心」と一体となる。
神社で「大学に入りたい」「家内安全」を祈る。という。

本来は「祓う」
全部すでにある。そこについたものを祓えば、体の奥にすでにある。
10月23日 木曜日 イブニングセミナー 小野善一郎先生

会長あいさつ

平塚市倫理法人会 会長 篠ケ瀬隆

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