役職に育てられて

星野聡会長 1980年4月21日生 35才

倫理法人会に入る前のアンダーグラウンドな世界に浸っていた話を当時の写真を交えて話をしてくれました。(ロングヘアーで口と顎にヒゲがボウボウして金のネックレスをしていた)

中学生からバンドを始めて勉強よりもバンド仲間と遊んでいた。就職難の時代でした。バンドを続けたいので、HMVへ入社。深夜22時から翌朝5時までライブハウスで歌っていた。

その頃の自分は個人主義、遅刻魔、短期。きらいな言葉がマニュアルに沿った行動でした。今となっては笑い話ですが、当時は本当にそんな生き方でした。

その後、お金のために溶接の仕事をした。職人から教わったこと。姿勢の良さ、技は見て盗む、段取りがすべて。

2008年に星の工業を設立するが、関係会社からクレームが多く、長続きせず。若い衆にはすぐに怒ってしまい、若い衆が辞めてしまい1人親方となってしまう。

家でもサングラスをはずさず、常にかわい顔をしていた。元モデルのきれいな妻には、いつも料理や掃除をしていないと怒鳴り散らしていた。

横浜市青葉区倫理法人会 会長 ファンクテックスタジオ 代表 星野聡

2011年に東日本大震災と仲間の仕事での高所からの転落事故で、大ケガをしたことをきっかけに「生きるとは何か?」と変わることを決意。

2012年7月文京区倫理法人会に参加。その時に見た目が恐顔、職人風防で、名刺交換ができなかったこともあり、よりいっそう自分は変わると決意を強くする。(本当は人を見た目で判断してはいけないが、遠ざけられてしまっていた)

倫理法人会の準単会から正単会へとするとき、できないと思い込むのではなく、回りの環境をできると言っている人で集まると自分自身勘違いして、できると思い込んでしまう。良いスイッチが入り、できたイメージが湧き上がり、行動につながって実際にできるようになる。

吉田松陰先生の言葉


夢なきものに理想なし 理想なきものに計画なし
計画なきものに実行なし 実行なきものに成功なし
故に 夢なきものに成功なし


もしあのままケンカの絶えない自分でいたら、妻や娘を虐待していたと思う。だから今は、児童虐待を減らしたいと思う活動をしている。

1980年生まれ、第二子長男として生まれる
2011年祖父の住む青葉区に移り住む
ビートルズ好きな高校生だった。学習院大学法学部に学ぶもプロのミュージシャンになることが夢だった。
就職氷河期ではあったが、外資系音楽会社に就職。
PUNK振興会 というバンドを結成。夜10時から朝5時まで演奏するという生活を続ける。MCバトル という企画で優勝した人の楽曲造りもする。
音楽だけでは食えないので「手っ取り早く」建築の溶接工の仕事に飛び込む。
真夏でも分厚い作業着を着るような厳しい職場。
更衣室で脱ぐと、8割の作業員の背中に、毒々しい模様が!
(注:刺青を入れるのは「落ちない」から。転落事故にあわないためのおまじない)
職人の世界で
姿勢のよさ
見て盗む
段取りがすべて
ということを学ぶ。
「姿勢」は重要。万人幸福の栞を読むときにも
栞を目の高さに合わせるように
食事のときも背を丸めずに姿勢よく取り込むと周囲のエネルギーも取り込める。
西洋の作法と違う和食の素晴らしさ。
日本語のヒップホップがダークサイドにあるとして扱われていた頃
3人でバンドを結成。レコード・CD発表。
一人のメンバーが宗教がらみで、バラバラになりバンド解散
溶接工から一人親方へ。
鏡を見て「なんとさえない男か」と愕然
家の中でもサングラス。絶えない夫婦喧嘩、妻を泣かす。
どこでも当り散らし、怒鳴り散らす。
娘が生まれて「人生っていいな」とはじめて思う。
鳶職人の転落事故・東日本大震災に遭遇
今までの自分では生きていてはいけない。変わらなきゃ。
いろいろなセミナーを受講
練馬区倫理法人会で栞の「夫婦対鏡」に遭遇。
衝撃を受ける。
それから入会。青葉倫理法人会へ移籍
「夫婦喧嘩」が無くなる。月に2回は感動の物語のDVDで家庭内映画鑑賞会。
1年で会長職に。
50人足らずで準倫理法人会だった青葉を100名にして正倫理法人会に昇格させる。
100人 100という言葉には不思議な意味がある。
好きな言葉に
吉田松陰先生の「人を點醒(てんせい)す」という言葉がある。
奮い立たせるという意味だが、松下村塾では知識は教えず「志」を教える。
「体認」体で行動して初めてわかること。
スピーカートレーニングで自ら語ると絆が強くなってゆく。
後日今日会場に来ている青葉の中西専任幹事が平塚で講話をする
期待してほしい。
いちねんせいになったら の歌を。
苦しんでいる人がある。必ず倫理を必要としている人がいる。
自分も倫理に出会わなかったら子供を虐待死させていたかもしれない。
ぜひ、経営者のみなさんに「栞」を。

会長あいさつ 篠ヶ瀬隆 会長

平塚市倫理法人会 会長 篠ヶ瀬隆

筑波大大村教授の言葉 生まれて存在しているということは、宝くじの一等に400回当たったのと同じ確率。
ありえない=有るのが難しい=有難い。
訳のわからない、「サムシンググレート」に生かされている自分。
星野講師は自分に大きな「変化」をさせた人。ぜひお話をお聞きください。

会員スピーチ 松波正利 幹事

平塚市倫理法人会 幹事 松波正利

宝くじに当たったことはないが、久々に会員スピーチが当たった。
小林さんの井筒屋さんが神奈川新聞に掲載された神奈川新聞に頼んで50部くらいモーニングセミナーにて配布しようかなどと話をしていたのだが、すっかり忘れてしまった。
私としたことがうっかりした。
井筒屋さんから松波さんのおばあさんが嫁入りした。井筒屋さんとは親戚筋。

神奈川新聞に掲載された井筒屋さんの記事

今日の井筒屋さん 花びら餅

井筒屋 花びら餅

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